対外開放の戦略転換 7
いきおい朱鎗基市長は「中国の安定と投資にリスクはない」ことを繰り返し強調することになりました。
代表団は上海.香港経済合作展望シンポジウムを開く一方、年末に予定されていた上海証券取引所の開設や外資系銀行の支店設立など、金融改革と外資導入に向けて活発な動きを見せました。
上海テレビ局はこのミッションに特派員を同行させ、香港の株式市場を実地見学する朱市長らの様子を伝えるリポートを連日伝え、開発ムードの盛り上げに力を入れたのです。
一方、香港のマスコミも朱鎗基市長を「中国のゴルバチョフ」と評し、カラー写真や似顔絵入りの記事を掲載しました。
「穏健改革派」の朱市長の政治的な将来性を視野に入れた形で、この上海・浦東開発計画を見ていたのです。
朱鎗基ミッションの浦東開発セールスの次の目的地は、これまで国交のなかったシンガポールでした。
人口の76パーセントが中国人で占められるシンガポールは華僑の国と言っても過言ではなく、「アジアの経済開発の奇跡」とまでいわれたシンガポールはセールス先として絶対に欠かせぬ国でした。
そして、この訪問のなかでシンガポール貿易発展局の楊至耀主席は朱市長の「浦東開発区の視察招聰」の申し出を即座に受け入れたのです。