天文道
中国では早くから人事の異常が天界に反映する(あるいは逆)という信仰が成立していました。
たとえば、『史記』は漢代の異変とその予兆を次のように記しています。
「漢が興隆すると五星(木火土金水の五惑星)がみな東井(二十八宿の一つ)に集まる現象が起こった。
高祖が平城で旬奴に囲まれた時は月が七重にも、参と畢(ともに二十八宿)にかさとなってかかった。
呂后一族の乱の時は、日食があって昼なのに暗くなった。
呉楚七国の反乱のあった時には、彗星は長さ数丈に達し、天狗(彗は斗(二十八宿)の位置にかかり、朝鮮が占領された時には、南北の河に彗星が現われました。
また大宛の征伐の時には、招揺(北斗七星の第七星)に彗星が現われた」(吉田光邦訳、半凡社版による)こうした思想をもとに、戦国時代(紀元前5~3二世紀)頃には正確な天文観測も行なわれるようになり、占星術として整備されていった。
そうした成果を集成したものが、先に引用した『史記』天官書です。
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